ヴィム・ベンダースの3D映画「Pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち」を見た。これほど面白い映画は久しぶりだった。ベンダースは「アメリカの友人」「ハメット」「パリ・テキサス」「ベルリン天使の唄」「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」等を見ている。3Dはジェームズ・キャメロンの「アバター」についで二度目。ピナ・バウシュについては全く知らず、この映画の情報を通して知った程度。すでに物故している。
ベンダースの映画は今まで、流行りや成り行きで見ていて共感が薄かったのだが、この「Pina」にはすっかり取り込まれてしまった。わたしにとってはこれがベンダースのベストだ。
3Dも面白く感じることが出来た。「アバター」を見たときには随所に違和感を憶えたが、今回はそれも薄く、今後映画は全て3Dになるのでは、と思うほど撮影術、上映術も確立されつつあるように思った。
ピナ・バウシュに至っては『知らないの?ホントに?」と言われてしまうようなコンテンポラリーダンス界の巨匠のようで、ダンスの中に強烈な物語性が内包されていて、こうしたコンテンポラリーダンスが流れとしてあるのか唯一無二なのか浅学で分からないが、「圧倒的」という印象であった。この、ベンダース、3D、ピナ、の3つの幸福な出会いが映画を質の高いものにしている。
近年の映像の爆発的な氾濫の中で、急速に拡大を続ける映像の地平に相対してその価値を否応無く変えさせられているからなのか、わたしは映画に対する感心を昨今失いつつある。
そもそも映画とは、動く写真の驚異であった。本当に起きたことが動いている状態で再現される、ということを目の当たりにした最初の人の驚きはどれほどのものだっただろう。
スクリーン上でまるで本当のような出来事が起きているかのように感じる、という映画の特性は、おそらく今も変わってはいない。だが「映画に似たもの」が多数出現し、映画の領域を浸食し、それに対し映画がそれに拮抗する強度を持っているのかが試されているのが今という時代なのではないか。
ベンダースはそういう「今」を充分に意識して、この映画を作っている。映画とは何か?、映画の中のダンスとは?、映画にとって立体映像とは?。こうした問いが満ち満ちて絡み合い、「Pina」はわたしにとって昨今見たなかで、飛び抜けて面白い映画となった。